芸術とは何か?


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001 2026/06/13(土) 12:01:28 ID:qKA1fajGFA
芸術は、なぜ芸術なのか?
芸術だと思え、言え、信じろ、疑うなという強制力ゆえに芸術なのだよ。
完全なる暴力、不同意暴行なのだよ。

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002 2026/06/13(土) 12:12:04 ID:qKA1fajGFA
東日本大震災以降根源的暴力をテーマとした作品を展開し始めた鴻池朋子が思っている意味で暴力なのではなく、芸術表現である事を表明している時点で表現行為そのものが暴力なのであり、不同意暴行なのである。

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003 2026/06/13(土) 12:19:11 ID:qKA1fajGFA
世界が暴力に満ちているのではない。公然と美術館という公共空間を設えて入館者をレイプするのが芸術であり、芸術的暴行なのである。

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004 2026/06/13(土) 12:34:29 ID:Bfhg4DRA4A
芸術とは爆発、、、とか言ってみるテスト

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005 2026/06/13(土) 12:35:34 ID:qKA1fajGFA
ピカソもゴッホもあの絵のように世界を知覚、認識していたわけではもちろんない。彼等は知覚とは無縁に表現形式を構築し、表現してみせたに過ぎない。表現形式の発明家気取りで泥団子をピカピカの鏡面に磨いてみせる子供のように表現形式と戯れた。
知覚とは無縁で言いたいこともないが、表現にだけは形が与えることができてしまう時、その表現がなにゆえ芸術だと言えるのか?流行するわけではない。流行するならそれは芸術ではなくファッションという呼び名がある。
芸術なのである。何ゆえに他の何かではなく芸術?
強制と暴力以外にはないだろう。

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006 2026/06/13(土) 13:06:53 ID:qKA1fajGFA
コンセプトやモチーフなどは現代アートには不要である。
古来、絵画や彫刻作品のモチーフや画題は必ず宗教や神話のナラティブ可視化でありました。昔話のモチーフは、文化的な価値観でありました。
可視化可感化装置づくりこそが芸術であり続けてきたわけです。
ところが、関係ないことであるのに、たかがカメラの発明に気圧されて、可視化可感化の情熱が冷めていきました。より正確にはカメラ以前にオブスキュラ辺りから画題が変容を迫られ、既に金持ち肖像画やら、金持ち装飾デコラへと芸術が手仕事職人化していたからでもあります。
金持ちとの付き合い方を変えねば生き残れぬ切迫した事情が19世紀に生まれたわけです。
そこから生み出されたのがサロン、画壇、貨幣化であり、オークションなわけですわ。貨幣化ですから貨幣と同じく使用価値は失われてまいります。コンセプト、つまり、言いたいことがあるという事情自体が消えてゆく。 

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007 2026/06/13(土) 13:08:26 ID:qKA1fajGFA
言いたいことなどない者が、映画を撮り、歌を作り、文章を書き、絵を描く?否、言いたいことがある者たちは、娯楽、エンタメ方向への大衆化に走り出した。辛うじてコンセプトは残り、メッセージ性は個人化しつつ共有共感を求めることで集客する。
ならば芸術は?芸術は、エンタメにはならずに踏みとどまって何を支えている?
むしろ犯罪者の描く絵画などの方にこそ耳目は集まったりなどもして。
貨幣化はまだ保守されているのか?どうしても芸術貨幣である必要はもはやない。
で、暴力、不同意暴行しか残らないのが、現在地。エウリアン的画廊監禁詐欺強奪はそれほど例外ではないのである。

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008 2026/06/13(土) 13:44:24 ID:jPGjCrcOLc
假屋崎省吾  日本のフラワーアーティスト、華道家

ホテルやデパートのロビー、迎賓館、海外有名芸能人と海外政府要人の出演する場所に花を設置。必ず花を飾らなくてはいけないわけではなくコネの世界

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009 2026/06/13(土) 14:04:32 ID:qKA1fajGFA
>>8
石原延啓もな。

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010 2026/06/13(土) 17:56:43 ID:qKA1fajGFA
芸術を強制的暴力だとまで看破した先人を寡聞にして聞かぬが、エウリアンと大差ないことすら誰一人気がつけぬのは恥ずかしいことである。
まともな芸術史を、芸術関係者以外が書けないのは、組織暴力が、死人や詐欺被害を訴えるものが皆無であることを盾に洗脳カルト以上に強力な利権の城塞を全く異質な伝統の上にハッキングして築き上げてしまったからに他ならない。
なぜこれほどまでに防禦が固く、堅牢にして不落であり続けるのか?攻め落とそうとする敵が現れないのだ。何らかのタブーが覆い尽くしているのか?何か良きものが近代まであとを引き、その変転の歴史を非難がましく眺める視線を遠ざけてきた。その理由の一つは芸術家にはなれない周辺手仕事職人の存在である。単なる工作、描画から始まり、何らかのクリエイションに携わる職業人らの存在が、遠巻きに芸術の周りの衛星となり、恰も科学における数学のように芸術というコアを囲繞して守りを固めているようなのだ。生成AIの登場が芸術に引導を渡すとしたら、芸術を直接叩くのではなしに、この周縁衛星を撃ち落とすことから崩壊が始まるのかもしれない。
本来、クリエイションにおける数学的ポジションなどでは芸術はありはしない。

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011 2026/06/13(土) 20:57:10 ID:qKA1fajGFA
芸術とは芸術大学を卒業した芸術家の作品のことだと言うのはまだ生温い。
芸術とは芸術大学や芸術学部の存在に直接的に依存している空海の屍みたいなものである。芸術家にはならぬ数多のクリエイター達が五百羅漢であり、十二使徒であり、死せる孔明生ける仲達を走らせているのである。
或いはこうも言える。実在僧侶は高僧といえども尽く凡夫だらけであるけれども、如来が存在するるのは、僧徒がおるからであると。

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012 2026/06/14(日) 20:13:31 ID:J9FvEKQ1CM
絵なんか元々富裕層の趣味で画家に描かせたものなんだから
大衆から金を巻き上げて世界を回っている催し物に行かなければいいんだよ
アート情報として知って欲しかったら逆に来た人にお礼をするくらいでいい

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013 2026/06/15(月) 12:26:05 ID:xBf5Qq7dLU
芸術系大学や芸術学部が、表現形式開発ラボなのであればまだしも、表現形式を開発、開拓しているのはそこではなく、巷間に居並ぶ個人表現者たちなのである。表現形式の歴史やテクニックを過去形で集積し、記録参照、一覧化する場所であるに過ぎず、博物学でしかないわけだ。
中身なき、コンセプトゼロの現代アートが、何ゆえにコンセプトだとか、文脈だとか作品以外の化粧で語られなければならないか?これは、詐欺口上テンプレートであり、文脈とは、思考経路でも美術史上のコンテキストでもなく、美術館に収められてあること、美術オークション会場やカタログに出品、掲載されてある事実をしか意味してはいない。エウリアンの貸店舗画廊に置かれれば必要となるであろう客引きから説得、色仕掛などのセールストークの一切と全く等質な引力、解説、語り、高尚なセンス、成功者の趣味の良さ褒め上げが、そこには設えられてある。同意することを強制する非暴力的で見えない銃口が頭に押し付けられているにも拘らず、カモは雰囲気に呑まれて抵抗する術がない。エウリアンの商品をサザビーズかクリスティーズのカタログに掲載するか、ルーブルかオルセーの企画展で展示してみせるがよい。鑑定士や批評家は簡単に見抜くであろう。ならばそこにジェフ・クーンズのサインを入れてみるがよい。

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014 2026/06/15(月) 19:14:00 ID:xBf5Qq7dLU
>>13
芸術とはサインであり、展示掲載場所である。
芸術とは難攻不落の要塞を固める門番衛士による後付けの通行許可証であり、この要塞を取り巻く城下には、城塞に入れなかった職人たちの工芸エンタメ城下町が広がり、表現形式を実際に創造してきた。
城塞と城下町とは繋がりがあるようでない。城下町職人は一切城塞の恩恵など被ってはいない。にも拘らず城塞内には芸術家がまだ存在し、この信仰都市を存続させているのは芸術家がダライ・ラマのように襲名出現し続けているからであると信ぜられている。
とはいえラサのポタラ宮はもぬけの殻で無神論中国に接収されて博物館として賑わいを見せている。つまり芸術家は、バスキアやキース・ヘリングのように芸術大学とは関係なく路上やアウトサイダー、もしかしたら犯罪刑務所からでも生まれてくる。
芸術暴力論でもまだ甘く、芸術組織犯罪論こそが書かれなくてはなるまい。

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015 2026/06/18(木) 12:02:21 ID:ywm3McgGR.
単なるイカサマ錬金術の組織犯罪であることがバレて芸術解体死亡宣告後の社会はどんな景色か?

元来人間は吐き出さずにはおれぬ表現体である。よってカラオケみたいになるだろう。何で表現するかは人それぞれ。表現発散サービスもしくは自分自身で勝手に表現娯楽を趣味にする健全な社会になるだろう。

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016 2026/06/21(日) 22:42:20 ID:9.BbWOIVFo
たまたま表現したいものとそれを受取りたいものとか出会えれば幸福というものである。それで構わなくないか?それが自然で、それ以外がかなり無理した搾取構造や詐欺構造の産物に過ぎなかっただけ。不要であるばかりでなく有害無益であったわけさね。芸術の粋とは、同好の士の集い三昧に耽るところに如かず。数寄をこそ芸術と呼ぶべけれ。

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017 2026/06/22(月) 00:01:30 ID:FVzwYeUHvI
芸術の発明にはもう一つの流れがある。
ある概念の可視化、可感化にこそ、初期芸術の発明動機があった。それは先史時代までさかのぼれるものだ。
この技術者を芸術家と呼び、歴史時代を通して職人として育てた。そこからドロップアウト、或いは端からそこには向かわない社交の遊芸が数寄を形成した。
数寄は相伝せず一代限りにして縁である。

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018 2026/06/22(月) 09:05:53 ID:FVzwYeUHvI
>>16は、芸術をパーソナルなもの、親密で私的で、精神的なものだと考える立場。
>>17は、逆に、芸術を社会的文化的なシンボル操作、非言語コミニュケーションの記号制度体系だと考える立場を代表する。
現代アートは、制度芸術論であるから、後者の遺産の上に遺産を食いつぶしながら無意味化を換金する極めて詐欺性の高いデマ生成の正体を露呈し、その暴力性や犯罪性を隠せなくなったわけだが、>>16も人質にとり、奥深い思想やコンセプト、精神性がマネタイズされているからこちらこそがオーソライズされた正真正銘の本物なのだと偽るのだからたちが悪い。

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019 2026/06/25(木) 17:40:20 ID:CGzF3/0ZrY
[YouTubeで再生]
手慰みで良いのが表出

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020 2026/06/25(木) 18:30:35 ID:CGzF3/0ZrY
そもそもが表現の妙にハマり、あれこれいじって己の琴線に響かせて遊ぶことが、表出の原点であり、>>5の泥団子の例はこれを象徴する没頭、耽溺なのだ。
何か別に表現したい物があるわけではない。
表れいでたるものの形、音、声、姿、動き、そのものがゴールであり、シニフィエなどないシニフィアンの戯れが全てなのだ。
面白いね、綺麗だね、見事だね、と、近づいてきて共に響きを堪能する同好の士が現れて遊びが広がるまでで十分愉しい。>>16
それが出来るならこいつを表現して見せてはくれないか?と、可視化可感化能力に目をつけられて利用され始めることを回避できなかったのは、表出にとってある意味残念なことであったのかも知れない。>>17である。
だが、それゆえにこそ我々が今日芸術と一括りにする様々な表現行為の成果物が素晴らしい完成度で遺存しているのである。
こうした営みが過度に宗教に依存してきたから西洋芸術は、近代に入るやモチーフを失い、還るべき場所を見失い、迷走し始めた。
あれこれ表出の新機軸を創造して見せることが、任務なのではないかと勘違いし、無理して、絞り出すように愉しめぬ工夫の創意、奇抜、「そう来たか」を競う苦行に堕ちた。ここまでが19世紀から20世紀前半に起きた芸術という名に呪われたレースである。

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021 2026/06/25(木) 20:40:58 ID:7k3zDf3C2E
芸術は代替宗教である
文学部、美大のメンヘラ率を見たまえ

宗教に走る勇気のない若造が、哲学や芸術に走る。看板が違うだけで、やってる事の大部分は共通しとる

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022 2026/06/25(木) 21:31:50 ID:CGzF3/0ZrY
美もまたプラトニズムにおける数学のようなものとして取り組むことができると思いきや、美学は早々にそれを諦めてしまった。
可視化可感化のテクニック彫琢や構造的調和発見の設計理論を補助的に要した頃の工学的錯覚であった。
美が数学的であるとしても余りに単調で情趣的な深みに欠ける退屈さゆえ、表出にとっては添え物、おまけに過ぎないことでケリがついた。芸術は美学美術とは袂を分かち、晴れて「芸術」が誕生したのだ。然しながらそれも束の間、モチーフやコンセプトを失い表現の創造に向かいつつ飽和して、空中分解して果てた。
よく言われることであるけれども、
芸術の本質は「職人技による美の造形」から、「何を提案するかというコンセプト(概念)」へと移行した。ここではまだ、「何をモチーフにするか」「どういう思想を提示するか」という強い骨組み(コンセプト)が生きていた。
この説明には大嘘である。
その時点でコンセプトなど崩壊していたのだ。それはコンセプトではなく、機知を装う屁理屈に過ぎない。
彼らが表明したのは無意味さや空洞、コンセプト不在なれどねじ伏せる制度的構造即ち暴力の存在だ。

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023 2026/06/25(木) 21:55:09 ID:7k3zDf3C2E
芸術は代替宗教でもある

宗教に走る勇気のない若造にとって、体のいい逃げ道として機能してきた。であればこそ、人生の敗者や落伍者に刺さるメッセージを織り交ぜることがミソなのだ

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024 2026/06/26(金) 11:17:10 ID:wlA1rdYmuo
宗教のみならず、王権や大富豪、領主貴族との浅からぬ関係を取り結ぶ事で可視化、可感化の要求に応える従僕ポジションで技を磨いてきた来歴こそが、西洋美術の性格を規定し、脫宗教化、王政崩壊、民主化と産業革命が、その後の芸術の成立とパトロネージュなき自走の資金源を産業革資本家と近代国家という二つの金づる、後ろ盾に定めたカツアゲ路線を歩む姿を決定づけることとなった。美術館の誕生と芸術大学の誕生、オークション・ハウスの誕生は同時、軌一である。

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025 2026/06/26(金) 12:32:34 ID:wlA1rdYmuo
芸術誕生の百年は下記のごとし。
1744
サザビーズ創業
1766
クリスティーズ創業
1793
ルーヴル美術館公開
1800年代
国立美術館の普及
1810〜1900
近代大学制度と芸術教育の統合
19世紀後半
芸術家という職業の制度化完成
なぜオークションハウスが先行したかというと封建的貴族層が没落したからである。
その没落の引き金は植民地主義である。
植民地主義→市民革命→産業革命という流れのなかで近代芸術が誕生し、美学や美術と分岐し、迷走し始めたということになる。

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026 2026/06/26(金) 12:45:58 ID:wlA1rdYmuo
商業革命11世紀〜

植民地主義16世紀〜

没落貴族発生(土地本位制封建主義の揺らぎ)

■オークションハウス(家産の資産化)18世紀中葉


市民革命(王侯貴族層の政治的敗北)17世紀〜19世紀

王権・教会の権威低下(大衆化)18世紀〜

■ルーヴル美術館1793年〜

産業革命18世紀後半〜

資本家台頭19世紀〜

■芸術大学19世紀〜

■近代芸術成立19世紀〜

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027 2026/06/26(金) 20:45:20 ID:XP/cb0tErg
芸術家というカテゴリーではあまり括られないものの、池田大作は1970〜2010年頃に国内外で活躍した名だたる芸術パフォーマーの1人である

ピカソやミロの絵を集めた美術館も建てたくらいなので、中途半端な知名度の画家より芸術を通じた影響力が大きい

小説、詩、写真などが「代作」であったとしても、総合芸術プロデューサーとしての手腕は疑いようがない。センスの悪さで歴代屈指とも言える大川隆法と比べると、その力量が際立つ

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028 2026/06/26(金) 20:51:28 ID:XP/cb0tErg
「非一神教的な人間主義路線を往く、仏法哲学者・詩人」というセルフブランディングも功を奏した。宗教的な要素を骨抜きにしただけの、ありふれた浅薄なヒューマニズム思想とも違う。

海外でも、その方向で一定の評価を得ている。
日本国内では、「勲章好きの俗物」といった冷めた見方がもっぱらだが、(漫画・ゲームを除く)芸術活動を通じて、池田大作ほど国内外に影響を及ぼした人物がどれだけいよう?

その点を公平に評価するならば、彼もまた歴史上の偉人候補の1人であり、闇金の取立て部長からノーベル賞有力候補(CNN予測)にまで登り詰めた、おそらく世界で唯一の傑物でもある

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029 2026/06/26(金) 21:22:28 ID:wlA1rdYmuo
近代以降は
よくわからない表現形式の多型進化
ロマン主義、印象派、ポスト印象派、点描主義、アール・ヌーヴォー、表現主義、キュビスム、フォービズム、アールデコ、ダダ、超現実主義、シュールレアリスム、抽象表現主義、ポップアート、ネオ・ダダ、ミニマルアート、ストリートアート、インスタレーション、ポストモダン以降は名前がない。

チームラボ

一応はダダから出たマルセル・デュシャンによるヤケ糞1913~1917年

21世紀の今、いまだに存続していること自体が不思議である。

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030 2026/06/26(金) 22:47:08 ID:WmVnzwyyRc
「池田大作」と聞いて、脊髄反射のままに拒絶反応を起こす人間はやや浅い

何故ならば、池田大作こそがおそらくは日本人に最も欠けているであろう精神を体現し、芸術・哲学の開かれたあり方を誰よりも示した人物だからである。知育偏重や印象論に凝り固まった人間には、それが理解できない

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031 2026/06/26(金) 22:53:23 ID:WmVnzwyyRc
現代思想や芸術論が、池田大作やAIを裁くのではない
むしろ池田大作(戦後日本最大の巨人)への評価や、AI(人知を超える知の巨人)こそが、現代思想や芸術論を値踏みするのである

そこを理解する謙虚さを抜きにしては、次のステージへ進めないだろう


「創価学会こそキリスト教やイスラームに匹敵する世界宗教になる」「池田大作の後継を作れなかったのではなく作らなかった」と佐藤優が断言する理由
https://gendai.media/articles/-/119945?imp=...

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032 2026/06/26(金) 23:16:15 ID:wlA1rdYmuo
資本主義に抱きついた芸術が、資本主義からは見向きもされない姿にこそ今日の芸術の苦しさがあり、常に目が泳いで金満金蔓を探探してしまうさもしさが、公金や、成金へと吸い寄せられて、金の匂いが立ち込める世界に居場所を確保せねばならぬ焦りと相まって、犯罪者と同じ行動パタンを取る輩へと芸術家の身をやつさせる。

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