>>16 “似たような写真を撮ると「森山の真似」って言われそうで怖くて撮れない。”
よくこんなの書き込めるなw しかも訂正ww
撮りたいの前提だし
あんま変わって無いから・・
大体どんだけ浅い奴の思考なんだよW
これ以上浅いってことを露呈させてどうすんだよお前はさw
森山の「アレ・ブレ・ボケ」は彼が捉えている
世界観の表明なんだよ、つまりあれが彼の世界認識なわけ
世界は等価であるっていう視点ね
だから表層だけ真似ても意味が無いのよ・・・
> 写真に対しての考え方やどう捉えるかってことが根本的に違うのに
とはそういうこと
>個人的には写真は見た人の解釈でどうにでもなると考えてるので
見る側の解釈の話とはベクトルが違うってわかんないかな?
解釈云々っていうのはその先の言葉なんだよ
(まぁ言っても分からんか・・。)
大体、見る側の解釈が多様化するのは曖昧な写真というメディアの
性質上当たり前のことでさ・・
>そんな事考えながら撮る奴の写真は滑稽で笑えてきます。
とりあえず写真家でそのことを考えていない人はまずいないから・・
(写真家紛いは知らんよw)
このスレで出てる中平の「なぜ、植物図鑑か?」なんてモロだし
題名だけで何が言いたいか分かるでしょ? いやお前には無理かw
んで考えながらは撮らないからw そういうことじゃないww
理解に乏しいお前の馬鹿さ加減に笑えてきます。
俺が言っている「どう捉えるか」
つまり世界認識の方法を写真史の流れを軸に話してもいいが
理解できないだろうし、頓珍漢な絡まれ方されたかないので止めとくw
ただ言えるのは、写真史に名を刻む写真家がお前と同程度の馬鹿の集まりだったなら
写真表現はピクトリアリズムで停滞していただろうってことw
頭の悪い奴と戯れても先に進めないんだよw
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